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I was born 人生で大事なことはけっこう受け身

 毎年、この時期は学校に戻ることでゆううつになる人が多いですね。直接学校や不登校の話ではないのですが、このタイミングで考えたことを書いてみました。今回は結論出さずにつらつら書くので、まとまりないままでいきます。

 

 これまでカウンセリング、セラピーの中で、「自分から頼んで生まれてきたわけじゃないのになぜ生きないといけないの?」という切実な声を、訴えを、何度も聴いてきました。

 特に虐待を受けてきた方が多いですが、虐待まではいかなくても、家庭や学校、社会で苦しみ続けてきた方から出る言葉です。

 

 私は直接その問いに答える言葉を知りません。しかし、この問いを聴くと浮かぶ言葉、詩があります。吉野弘の「I was born」という詩です。

 

一部引用します。

 

 

 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。

 ーやっぱり I was born なんだねー

 父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。

 ー I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだねー

 

吉野弘 「贈るうた」 より

 

 

 英語では、生まれることは受け身ととらえているのですね。吉野弘は幼いときのその文法の発見を、生命、生きることへと連想させていったのでしょうか。

 

生まれることは受け身、「自分から頼んで生まれたわけじゃない」という言葉と重なります。

そう、生命は自分の意志で生まれてきたのではないのです。

「生まれさせられた」とも表現できるわけです。

生まれたこと自体が悲劇、人は生まれてこないほうが良い、という「反出生主義」もこの思いが影響を与えていそうです。

 

 逆の死ぬことはどうでしょうか?文法はともかく、たいていの場合、死も受け身です。老いや病気やケガで、死を意志で選ばなくても死んでいきます。そう考えると、お嫌病気やケガも受け身ですね。仏陀もその悩みを抱え苦闘したのでしょう。

 

 唯一の例外は自殺です。自らの選択として死ぬことはできます。

 

 つらく苦しい人が自殺を考えるのは、ひたすらに受け身であった人生の中で、唯一人生の大事の中で自発的に選べる行為だからかもしれません。

 ただし、私個人としては、なるべく死を選択してほしくはないと感じてもいます。

 

 そういえば、英語では、才能のある人のことをgifted と言います。これも受け身です。天才も、天から与えられたもの、という意味でしょうから、日本語でも受け身です。

 

 才能は人生を決める大きな要素です。努力も努力できる才能というものがあるようです。

 成績や職業や対人関係において重要な要素をしめる才能も、受け身で与えられたものなのではないでしょうか。

 

 学習性無力感という心理学の言葉があります。努力しても努力してもその成果がなく、アットランダムに無意味に無秩序に苦しみが与えられると、生物はうつ状態となり絶望するのです。それも、自分の行為に意味がなく、苦しみに一方的に受け身にさらされることで絶望してしまうのですね。

 

 さて、そこで、多くの心ある心理学者や教育者は、人間の自律性、自発性、有意味性、積極性、意志の力を回復しようとします。それは当然であり価値のあることです。

 

 しかし、どうしても出だしの生まれること自体が受け身である人間、いや生物にとっては、人生の大事が受け身とならざるを得ない面もあるのかと思い始めています。

 

 具体的に何を言いたいか、決めないままつらつらと書いています。

 

 人生の大事なことがたいてい受け身だとして、虐待を受けてきた人やつらい人生の人はどう考えればよいのか?

 私は哲学者や思想家や宗教家ではなく、臨床家なので、普遍的な答えを述べるのではなくその人個人がその答えを見つけるのだ、という結論になります。

 でもその大前提として、人生の大事なことはたいてい受け身、という事実をふまえることが意味あるように思えます。

 

 そうそう、合気道の達人、塩田剛三師は、合気道の最強の技は?と聞かれて、それは自分を殺しに来た奴と友達になることさ、と答えたそうです。深い!

 そこまで深く考えないで、合気道で最強、とは言えないまでも、一番価値ある技は何かと問われたら、私は「受け身。」と答えます。合気道の受け身は柔道と違って、ばーん、と背中をつくのではなく、くるっと回転して立ち上がることができます。柔道の受け身より痛みもなく、回転した後の動きも自由になります。いくら負けても、地にふしても、柔軟性と回転をしていれば、何度でも立ち上がり好きな方向に向かって歩くことができます。

 

 

文献

 吉野弘 「贈るうた」 花神社