以前に「対人不安、対人恐怖の合気道セラピー」について書きましたが、不安や恐怖とまではいかなくても、自分に自信がもてない、自己肯定感が低いという方もいるかと思います。
武道や武術を習うようになって自信がついたという人もいるかと思います。確かにそれも武道の一つの意義でしょう。
しかし、けんかに強くなって相手に暴力で負かされないので自信がついたというものだとすると、武道の意義としてはかなり一面的だと思います。
けんかの強さではない、心理面や生き方、自己の存在への自信とはなんでしょうか?
心理療法やカウンセリングで自信を得ていくクライエントさんは多いです。心理療法・カウンセリングにもいろいろな理論や治療機序(治る理屈)がありますが、多くは人の心のもつ自己治癒力やバランス回復力、成長力、自己実現の力、などを重視しています。
心理療法での回復は自己治癒力の活性化ということなので、自分のもつ回復力(レジリエンス)や人間の心あるいは存在そのものへの信頼につながるのでしょう。
また、治療のメカニズムとして、もう一つ私が採用している考えは、その人独自かつ社会とつながる物語を作り上げることが大切というものです。
自信がない人は、他者(親や教育や社会や文化等)から押し付けられた物語によって、自分自身の物語を生きれていないことが多いのです。自分独自の物語という軸ができると、それが生きる上での自信になっていきいます。一方、ただ独自の物語だけでは妄想的で自己中な自信となります。それは強烈ですが、社会で受けれられず多くの人に理解されないということから、やはり次第に自信を失っていくことになります。それでも自己中な物語にこだわりとらわれると、本当は自信がないのに虚勢だけはって攻撃的になり、ただいばるだけになります。
自分独自、かつ社会の中で人とつながっている物語が、人に豊かな自信を与えてくれるのです。
もう一つ、身体的なお話もします。これまでも何度かブログで書きましたが、人のこころの状態は身体や神経系と強くつながっています。
自身がない人の身体は、柔軟性を失い、固まっています。姿勢は猫背であることが多いですが、虚勢をはると、不自然に胸をはりそっくりかえるようになります。一見強気に見えてもその姿勢で固まっています。
神経系としては、交感神経系へのスイッチがすぐに入り緊張しやすいことが特徴です。そして、背側迷走神経へのスイッチも入りやすく、身体は脱力し心理的にはあきらめや絶望、自分以外のものに支配されている感覚になりやすくなります。逆に言うと、リラックスや他者との交流とつかさどる腹側迷走神経への切り替えや維持が難しく、普段から緊張と恐怖・不安の状態か、脱力とあきらめ、被支配感という状態であることが多いのです。
自信をもつには、身体の動きや神経系が、過去の困難を乗り越え、前向きに進ませていく人生の感覚と一致していくことが必要かと思います。そしてそれが他者とのつながりも含んでいくことが大切でしょう。上に書いた物語と同様です。身体で書く物語、が自身の回復には必要なのです。
そうそう、神経系はイメージで体験されることが多いようです。成長し困難を乗り越え、楽しくリラックスするイメージ体験ができると、自信や自己肯定感がついていきます。イメージが有効というのは、箱庭療法や描画法、心理療法でなくても、小説を読んだりアニメや映画を観ることで癒され成長するということからもわかります。
つまり、自信をもつためには、
①自己回復や成長を信じられる経験
②自分独自、かつ他者と共有できる物語
③活力と他者と温かくかかわる体験とそのイメージ
といった3つの要素が必要になります。
多くのセラピーにおいてうまくいく場合、これら三つが同時に、あるいは順番に経験できると思われます。また、セラピーによって支援されつつ日常の生活や人間関係でもこれらを経験することで、自信や自己肯定感につながるでしょう。
さて、合気道セラピーにおいては、③と①の経験が他のセラピーと比較して効果的に体験できると思います。③を先にしたのは、合気道セラピーではまず最初に活力と温かい体験ができるからです。体験したほとんどの全員の方が合気道セラピーの感想として語ってくれています。
その体験を日常生活にうまく持ち込み応用できると、①の体験となります。合気道セラピーで体験した温かさ、自由さ、軸、力強さ、安定、上達、等々を体験しますが、それは自分の内部にある力として深く基礎づくことでしょう。
また、合気道における調和や和合、攻撃の受容(歓迎)、受け流すこと、回転、みそぎ、といった理念や技を日常生活に適応していくと効果が高いようです。合気道の理念が自分の軸となる物語となっていくのです。
最後に②ですが、合気道の理念や技は、他者との調和、和合を強調しています。格闘技やスポーツ武道と異なり、相手を負かすのではなく、調和し共に心地よくなるのが合気道の技です。合気道において負けと見える側は、「受け」と言いますが、気を尊重した思いやりのある技が成立すると、「受け」の人も、とても楽しい体験となります。このような理念を身に着けていくと、当然人とぶつかることは少なくなります。また、合気道は相手と調和していくうち、もっと広く世界や自然と自分がつながっていて調和している感じもしてきます。そこでは、環境と共にある感覚があり、自分が埋没し個性が発揮できなくても、充実した思いを持つことができます。
自分自身の決して折れない「軸」や「気」を持ちつつ、他者を尊重し和合し、ときには他者に囲まれ埋もれていることも自分の役目でありと喜びであると感じることも、自己中ではない自信と自己肯定感、そしてメンタルの健康に必要なことだと思います。