· 

陽キャになりたいきみへ

 若い人から、自分は陰キャ、陽キャになりたい、という声をよく聞きます。恋愛でも社会的、経済的にも、陽キャが成功するという思いがあるようです。スクールカーストでも、上位にいて人生を楽しんでいるのは陽キャの人たちだと感じます。

 

 そもそも、陰と陽の語源は、中国の古代思想であり、陰陽論と言われます。日本にも伝わり大きな影響を与えています。武道でも、陰流や柳生新陰流、などにその言葉が見られますね。

 陰陽論は、混沌から陰陽二気が生じ、お互いに循環しながら万物を生成する、という思想です。そして、陰はその中に陽を含み、陽は陰を含んでいるのです。(黒木賢一、『<気>の心理臨床入門』より)。

 これは自然の変化を身をもって感じていた古代人の素朴かつ深い理解から生じた思想でしょう。草木が芽吹く春があれば、枯れていく秋がある、朝日が昇れば夕陽が沈む。男女が交わり子ができる、等々。

 

 中国医学では、陰陽のバランスが崩れると病気になると考えているようです。そのバランスをとることが、治療になります。これはこころの問題においては、身体の病気以上にしっくりくる考え方です。有名なのは、ユングの理論でしょう。ユングは自分の治療体験から、師であるフロイトの精神分析の理論(西洋)に東洋思想を参考にもした独自の理論を立ち上げました。重視してきた価値による生き方が偏ったとき、こころは全体性を取り戻そうと別の価値観やそれまでマイナスと考えてきた生き方をするようメッセージを送ってきます。それが悩みや心理的な症状になるというのです。マイナスの価値を理解しそれを含んでいくことで、こころは全体性を得て安定、成長していくと考えます。

 たとえば、自分は強く生きるんだ、と思い生きてきた人が、その生き方が限界となるとそれまで軽視してきた弱さが噴出してくることがあります。その弱さにも価値があると受け入れ、生き方を訂正していくことで、さらに豊かな生き方、人格となるのです。

 

 つまりどんな陰キャな人間でも、陰のみの性格(キャラ)ということはあり得ないのです。どんな人にも、こころには陰陽があります。しかし自分の生き方に納得がいかない場合、どちらかに偏っているのです。自分が陰キャでありそれが嫌に感じるなら、もっと自然に生きてみることが必要なのかもしれません。そうすると、自然と自分の中にある陽の面が出てくるのではないでしょうか。セラピーやカウンセリングに来る方は、悩みや病気に苦しんでいるわけなので、どうしても陰の面が目立ちます。また性格や生き方的にも、陰キャの人が多いかもしれません。しかし話を聞いていると、その人たちの話や行動がとても愉快で面白いことは多々あります。素直なこころには、陰も陽もあるので、カウンセリングで自然な語りをするうち、陽の面も現れてくるのでしょう。

 

 いやしかし、陰キャで悩む人の多くは、自分の生き方や性格と、クラスメートやSNS等で見る人たちと比べてしまって苦しんでいる面があると思います。

 でも、陽キャにも陰の部分は必ずあります。陽キャに見えるのは表面的に見える部分に陽しか出さないからでしょう。日常生活やSNSでは陽を演出しているわけです。

 たしかに、生まれつき陽の面が強い人もいるでしょう。陰陽両方もっているのは人の自然ですが、その割合は個人差があるのもまた当然であり自然でしょう。

 生まれつき自然体からして陽の面が強い人をみて、そのようになりたいというのは無理だと思います。また演出してみても、自分の陰陽の割合を崩して陽に振り切ろうとすると、かえって自然を失います。自分が陰キャなのが嫌という人は、無理やり陽キャになろうとして不自然な言動をして恥ずかしい思いをしたりしくじってしまうことがよくあります。

 

 無理にバランスを崩したり演出しようとするより、自分に素直になる、自然体になると、自分の中にある陽が出てきます。その陽を理解し愛してくれる人と共にいることができるのが、幸せと言えるのではないでしょうか。

 

 

文献

『<気>の心理臨床入門』 黒木賢一 星和書店