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合気道セラピーにおける“温かさ”の効用

 今年の10月、11月上旬は比較的暖かかったですが、そろそろ寒くなってきましたね。こうなると温かい食べ物飲み物、こたつなど、恋しくなりますね。

 

 さて、合気道の特徴のひとつとして、温かさがあげられます。

 合気道を稽古していると身体が指先までポカポカしてきます。冷え性の人には特にありがたいですね。

 運動しているんだから身体が温かくなるのは当然だ、合気道に限らない、とお思いかもしれません。しかし、やはり心理療法的に意味のある温かさというのは、スポーツによる運動とは少々異なるようです。合気道は心理療法的に意味のある温かさとつながっていると考えています。

 

<身体とコミュニケーションをつかさどる自律神経系>

 運動による身体の変化は、自律神経系でいうと、交感神経系の活性化となります。交感神経が活性化すると、確かに身体は温かくなります。交感神経系は、もう一つの危機反応である背側迷走神経による脱力、あきらめ、絶望から立ち直るには必要な反応ともいわれています。まずは心身を活性化し、動けるようにしないといけません。イメージワークで過去のトラウマに対し立ち向かうセラピーもありますが、このような攻撃性による交感神経の活性化は健全で有意味であることもあります。

 一方で、交感神経が活性化しているときは他者とのコミュニケーションは抑えられます。筋肉変化だと、例えば、顔の表情を動かす筋肉が動きにくくなります。つまり無表情になるのです。これはマラソンを見るとわかるでしょう。マラソン中継で選手の表情を見ると、まず無表情です。交感神経系は「戦うか逃げるか」という反応なので、仲間とコミュニケーションするための豊かな表情は危機の真っ最中にはあまり意味を持たないのです。限られた身体のエネルギーをどう配分するかですね。

 日常生活や心理的ストレス反応下でもこの交感神経系が作動することが、様々な心理的問題や悩みとかかわっています。試験前や、対人関係での緊張、過去の嫌な思い出への反応などにも、交感神経系が働いているゆえに、意味のないドキドキや身体のこわばり、そして感情面では恐怖や不安感として出現してしまうのです。また、孤独感もこの神経系で感じやすくなります。感覚も変化します。音に敏感になり、騒音に耐えがたくなることや人が多いところが苦手になります。交感神経系は身体を活性化してくれますが、他者と交流するには向いていないのです。また心拍数や発汗、筋肉緊張の増加は、続くと疲労につながり、最終的にはエネルギー節約モードである背側迷走神経系が優位となり、あきらめや脱力につながります。

 

 適切な相手に対しリラックスして接近するということができない、あるいは安心できる空間にいるのにリラックスできないというのは、心理的苦しみとなります。ストレスやトラウマ下にいる人間は、交感神経や背側迷走神経が優位になっているため、他者との交流で緊張したり、あきらめて絶望したりしています。自分の家や部屋という安心できる空間でも恐怖や不安、緊張、孤独感、絶望感など苦しみが生じてくるのも、同様です。

 また、背側迷走神経系と交感神経系が交互に出現し、あきらめと怒りの爆発、脱力と緊張が頻繁に入れ替わるといったような、自分で自分の心身を扱いにくい状態に陥ってしまったりします。

 

 そこで、心理療法としては、リラックスし他者との交流時に働く腹側迷走神経系を活性化する方法が考えられます。リラックスと他者との交流が同じ神経系というのも、興味深いですね。また顔の表情を構成する筋肉も腹側迷走神経系が活発なときに豊かになります。

 この神経系は、哺乳類になって出現したものといわれています。爬虫類までは、基本的に他者に接近するというのは捕食や生殖のときのみです。しかし哺乳類になって、世話してもらう、愛情をかけてもらうという生活様式が誕生し、そのため、保護者への接近が安心をともなうものとなったのでしょう。さらに、同じ種族同士お互いに安心感を与えあい心身を共同調性することで群れや社会の構成を可能にしていると思われます。このような自律神経系の働きを、「社会交流システム」といいます。

 

 そして、腹側迷走神経系が働いているときは、身体が温かくなります。交感神経系でも温かくなるのですが、実は指先など末端の血流は制限され、手足は冷たくなることがあります。これは、脳や大きい筋肉に血液を集中するため、また危機に際し傷つきやすい指や手足の出血を抑えるためかと思われます。ストレスや危機を感じ孤立していると感じている人の指や手足が冷たく感じるのは、背側迷走神経や交感神経系が危機対応に使われているからのようです。

 対して、腹側迷走神経系では、末端の血管をしぼることなく、心臓、血管を効率よく働かせます。そのため手足も温かく感じるようです。またカッカとした熱さではなく、ポカポカとした温かさとして感じるようです。

 さらに興味深いことに、デブ・デイナ著『セラピーのためのポリヴェーガル理論』によると、身体的な暖かさと社会的な暖かさは共通の神経システムであり、お互いに影響し合っているそうです。「気持ちが温かい」とか「温かい交流」「温かい人」というのは、ただの比ゆではなく、神経系では本当に体温と同じ経路を通っているのですね。

 

 

<合気道における身体の温かさとコミュニケーション>

 さて、合気道においては、相手と競うのではなく調和して動いていきます。投げる、投げられるというのも、勝ち負けではなく、調和の一つの形として存在します。そのため、力を入れず調和して敵意ではなく尊敬と受容をもって相手の動きに合わせていきます。「ポリヴェーガル理論」によると、「社会交流システム」を整えるには、他者との協調的交流が有効とのことですが、まさしく合気道は他者との協調的交流を行う武道なのです。

 

 そして、指先から気を出すイメージは、指先の血流をよくします。リラックスしつつ指先から気がほとばしるイメージをして動くと、指先がとても温かくなってきます。また、合気道開祖、植芝盛平翁がされていたという、手を組み合わせてへそ下かへそあたりにおいて呼吸するという瞑想法があります。この瞑想法では、左右の手が温め合い、ゆったり呼吸し感覚に集中することでその温かさをマインドフルに感じることができます。また、盛平翁は、合気道の間接技について、相手を痛めるつけるのではなく、「関節のカスをとるのだ。」と言われていたそうです。この盛平翁の表現は、交感神経による末端の血管のしぼりをといて血流を増加して、腹側迷走神経系を優位にし、他者と調和するのだ、ということなのではないでしょうか。血流の増加は、身体的な健康だけでなく、心理社会的な健康にもつながりますし、心理社会的な健康は神経系を通じ身体にもよい影響を与えます。

 

 つまり、合気道とは、他者とリラックスして交流し自律神経系を調整するという意味で有効であると同時に、身体を温めるという点でも神経系に有効であり、社会的な温かさという点で心理的にも有効なのです。

 

   ①身体が温かくなる=②腹側迷走神経系優位=③リラックス=④他者とのコミュニケーションが楽しい

 

 これは①から④の流れもありえますし、④から①の流れもありえますし、②や③、④から起こることもありえますし、同時に生じることもあるでしょう。

 

 合気道で、相手と調和することを重視すれば④からの流れになりますし、気を出して指先を温めることをやれば、①からの流れになります。もちろん、技をやるときに、気を出して(①)、力を抜いて(③)、相手と調和する(④)とすべて同時にやることもあります。

 

 これは心理療法にも関係が深いに違いありません。

 

 当方で行っている「合気道セラピー」では、合気道の動きを行った後に瞑想をしてもらっています。

そして私から「今心身の感じはどうですか?」と尋ねます。すると、ほぼすべてのクライエントさんが「温かいです。」とか「ポカポカしています。」と答えてくれます。その感覚をしっかり味わってもらいます。他者とリラックスして交流し、気を出し、攻撃を受け入れ、相手を尊重して導く、という稽古をした後に、身体の温かさに意識をむけることで、自分の神経システムが調整され腹側迷走神経系が活性化している状態を感じます。それは、心理的問題で悩み苦しんでいるときの身体の状態をは異なっているでしょう。苦しみ悩んでいても、自分には身体を温めリラックスと他者との交流を楽しめる神経系が存在するのだ、という感覚は心理療法にとって大変重要な要素であると思います。

 

 これまで、多くの心理療法では“温かさ”というのは、「セラピストやカウンセラーの温かい態度」といった比ゆ的に使われてきました。しかし身体の感覚や神経系を重視するセラピーにおいては、実際に身体が温かくなる効用があり、それはこころにも好循環をもたらすと感じています。

 

<注> 

*「ポリヴェーガル理論」と合気道の関連については、先のブログ『心的トラウマと武道・武術における「居つき」』もご覧ください。

*「ポリヴェーガル理論」とセラピーについては、『「お正月は家で遊ぼう!-「かくれんぼ」と「だるまさんがころんだ」と「ババぬき』』『子どものセラピーにおける「宝探し」と「かくれんぼ」』でも触れています。

 

 

文献

ステファン・W・ポージェス(著) 花丘ちぐさ(訳) ポリヴェーガル理論入門 春秋社

デブ・デイナ(著) 花丘ちぐさ(訳) セラピーのためのポリヴェーガル理論 春秋社

塩田剛三(著) 合気道修行 竹内書店新社