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発達障害の「内面の構造化理論」

 

 今回は発達障害、特に自閉症スペクトラム障害(アスペルガー障害、高機能自閉症、広汎性発達障害)をテーマに私のカウンセリング方針を書かせていただこうと思います。スクールカウンセリングでも民間の相談室でも、これまで発達障害の方のカウンセリングを経験するなかで、自分なりの方針が出来上がってきました。

 まずは自閉症スペクトラム障害の人への基本的な支援法を記述して、次に私のカウンセリングでの方法を紹介します。

 

 みなさんは「合理的配慮」という言葉を聞いたことがありますか?障害をもつ人が生活するなかで、負担が過剰でないかぎり求められた配慮をしなくてはならないというものです。2016年に「障害者差別解消法」が施行されて広まってきましたね。

 

 自閉症スペクトラム障害の人にとっての合理的配慮は「構造化」をもとにしたものになります。「構造化」とは、自閉症スペクトラム障害の人にとって意味がわかりやすいように工夫することです。彼ら/彼女らはわれわれとは異なった神経学的な特性があるので、独特の認知、意味の理解、考え方、あるいは弱点があります。そのギャップを埋め、お互いが理解しやすい状態を作る工夫と言ってよいでしょう。物理的構造化と視覚的構造化が有名です。例えば、周囲が気になって集中力が途切れてしまう生徒のためにスクリーンで仕切りを作ったり、視覚情報の処理が得意な人のために口頭指示ではなく絵カードを使ったりするのがよく例として紹介されます。もちろん、個人の特性や学校、会社、家庭の環境に応じて、個別の「構造化」を行います。

 

 自閉症スペクトラム障害においては、合理的配慮のベースはこの「構造化」です。実際、「合理的配慮」と「構造化」は自閉症スペクトラム障害支援の現場では同じニュアンスで使われています。また「環境調整」というのもほぼ同義で使われます。自閉症スペクトラム障害の人にとってわかりやすい教室、職場、住居にするために、環境を変えるわけですね。仕切りを作ったり絵カードを壁に貼ると勉強に集中できるのであれば、それをやっておく。それは「合理的配慮」ですし「構造化」したことになるし「環境調整」をしたことにもなるわけです。

 「構造化」はいわば自閉症スペクトラム障害の第一選択薬ならぬ第一選択支援法です。彼ら/彼女らに対してまず支援者がやるべきことです。

 

 しかし、この方法を専門としているのは福祉や特別支援教育の領域なんですね。われわれ心理療法家は苦手です。個別面接形式で心理に働きかけることが心理療法の基本になりますから、大学院でのカリキュラムも勉強も実習も、そちらがメインとなります。というか、個別面接で心理に働きかけると言うこと自体一生精進しても行きつかない難しい支援法なので、まずその基礎の習得に全力を挙げているとご理解ください。

 

 とはいえ、実際の現場では自閉症スペクトラム障害の方を支援する機会はとても多いです。もう必須といってもいいですね。私もスクールカウンセリングの現場に出て、そこで実践を通じて手探りで学んでいった感じがあります。ただ、私の場合幸運なことに、大学、大学院時代になにもわからず飛び込んでバイトしていた先が自閉症スペクトラム障害の方の生活支援施設で、そこで「構造化」の実例をたくさん見ることはできていました。なので、福祉や教育で有効な支援法を、心理療法家がいかに使うか、が悩みの種でした。これは「構造化」の勉強不足や理解不足だけが原因ではないです。スクールカウンセラーの立場では、教室の環境を変えるというのは、限界があります。助言や意見はできますが、環境調整の実施者にはなれませんからね。

 

 知識や経験不足と役目や立場上、一番効果のある支援法がなかなか使えない。しかし心理療法家としてやれることをやる、しかも一番有効とされる「構造化」のアイデアを活かして…というのが私のテーマでした。

 

 そんなとき、答えはいつも現場にありますね。悩み混乱している自閉症スペクトラム障害の児童生徒と触れ合ううち、ふと、「自閉症スペクトラム障害の人は、直観的に理解したり目にみえないものを把握することは苦手、でも理屈や論理的な思考に強い。なら、みんなが直感的に理解していることを、論理的に段階をおって説明し、口頭で聞かされてもなかなか入らない人には強みである視覚情報を活かして文章や絵でかいたらよいのでは!」と思いつきました。

 実施してみたところ、確かに手ごたえがある。まず、行動面や情緒がよくなる前に、彼ら/彼女らの目が輝くような瞬間がありました。これまで学校のルールや他者の言うことなすことが訳が分からなく、不快なことがいきなり飛び出してくるように感じていたのでしょう。それが、ていねいに論理的に、しかもそうとう基本的なところから説明すると、顔がぱっと明るくなる。そして次第に他者を信用していって、行動や情緒も安定していくようでした。 

 そして、心理療法家としても大きかったのは、自己理解にもこの方法が使えることでした。自分の感情や認知についてもこの方法で理解が進むと、とても安定します。そしてもうひとつ便利なのは、これは個別のカウンセリングでも使えるということです。一対一の面接室の中でも、生活環境で起こった事態を解説していくことができる。また、そのときの自分や他人のこころ、つまり人間のこころとはこういうものということを説明してあげる。これで社会適応がとてもよくなります。

 

 「構造化」は先に言いましたように、「物理的」なものが多いんですね。でも、たとえば、勉強に集中できる環境を作っても、彼ら/彼女らは勉強するとはかぎらない。考えてみれば当たり前で、勉強する意味がわからなければいくら仕切りがあったって、絵カードでわかりやすく表示されたってやりません。でも「構造化」について説明している本に書いてあるのは、ほとんど、環境を整えれば彼ら/彼女らは適切に動ける、のみでした。また、人間関係やこころについてはどう「構造化」したらよいのかは示されていませんでした。

 

 なので、私は自分の見つけた方法を「内面の構造化」と名付けました。「物理的構造化」に対して、自分のこころや他者のこころ、つまり人間のこころや社会について、自閉症スペクトラム障害の人にわかりやすい形で説明する工夫です。そうすると他者や社会への理解と同時に自分の認知や感情、思考など、つまり自分のこころが構成されてくる。まさに「構造化」という通り、水のようにつかみどころのなかった自分のこころが構成物としてできあがってくるのではないか。つまり、環境を「構造化」するのではなく、自分のこころを「構造化」する。要するに、「自分や世界についての説明書あるいは解説書を作ること」と、表現しています。

 

 この方法を使う際に要注意なのは、私の偏見を押し付けないこと。命令にしないことです。したがって、社会で生きていくのに常識となっていること以外は、複数の意見を出すか、これは人によって違うとか、社会でも議論が分かれる、と説明します。私個人はこう思うけど違う意見の人も多い、とかも説明します。

 そして絶対に大切なのは、自閉症スペクトラム障害への偏見を持たず、その個性を大切に思え尊敬できることですね。また、ほめることにも使う、というより、ほめることのほうに多く使用します。その人の素晴らしいところを構造化していくわけです。そうしないと、社会の常識にしたがえっていう支配の道具だけになる。もちろん社会常識も大切です。受容だけのカウンセリングはあまり役に立たない。自閉症スペクトラム障害の人の独善的な認知には社会の壁としてカウンセラーが立ちふさがる必要があります。

 

 現在私の個別カウンセリングで自閉症スペクトラム障害の人を対象としている場合、まずこの方法をとります。保護者へのペアレントトレーニングでも、この方法を実演し教えています。(二次障害や重ね着症候群と言われる、発達障害以外にトラウマや情緒的混乱がある場合は他の方法を先に使います。)

 

 さて、こんな風に「内面の構造化理論」を発見・実施し、これはいい!と自慢げに臨床発達心理士の友達に話したところ「あ、その方法はもうあるよ。」・・・え、そうなの?・・・彼に教わったところ、イギリスのキャロル・グレイという先生の「ソーシャル・ストーリーズ」という方法がそれにあたるとか。私が知らなかっただけだったんですね。やはり私程度が考えることは先達の先生たちも考え付いていました。その後「ソーシャル・ストーリーズ」について勉強し、日本のセミナーにも参加しました。でも、専門の指導員の資格をとったわけでもなく、カウンセリングでは「ソーシャル・ストーリーズ」とまったく同じ方法を使っているわけでもないので、やはり私は自分で考案した「内面の構造化理論」という呼び方をしていこうかと思っています。

 自閉症スペクトラム障害の当事者の方のみならず、保護者の方、教員や支援者の方への助言も行いますので、もしご興味のある方はご連絡ください。